セントウルS 歴史

1987年 : 4歳(現3歳)以上の競走馬による賞金別定の重賞(GIII)競走・セントウルステークスが創設され、阪神競馬場の芝1400mで施行された。
1988年 : 河内洋が騎手として史上初の連覇。
1989年 : 混合競走に指定。
1990年 : 阪神競馬場の改修工事により中京競馬場の芝1200mで施行。
1991年 : 阪神競馬場の改修工事により中京競馬場の芝1200mで施行。
1994年 : 京都競馬場の改修工事による振替開催に伴い、中京競馬場の芝1200mで施行。
施行時期を9月上旬から9月下旬に移設。
1995年 : 指定交流競走に指定され、地方所属馬は3頭まで出走可能となる。
阪神競馬場の阪神・淡路大震災の影響による復旧工事により京都競馬場の芝外回り1400mで施行。
1996年 : 武豊が騎手として2人目の連覇。
2000年 : 施行距離を現在の芝内回り1200mに変更。
施行時期を9月下旬から9月上旬に再度移設。
2001年 : 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件を「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
2002年 : 負担重量を賞金別定からグレード別定に変更(基本負担重量を3歳54kg、4歳以上56kg、牝馬2kg減に設定)。
ビリーヴがコースレコード1:07.1で優勝。
当時、地方兵庫所属の岩田康誠が当競走で地方所属騎手として初制覇。
2004年 : 施行日当日から1年前の開催週より過去のGI・GII競走優勝実績馬に対しては、1kg減量する措置を行う。
2005年 : 混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬は4頭まで出走可能となる。
グローバル・スプリント・チャレンジに参加、第5戦に組み込まれる。
ゴールデンキャストが史上初の連覇。
橋口弘次郎が調教師として史上初の3連覇。
2006年 : グレードをGIIに格上げ。
サマースプリントシリーズの最終戦に組み込まれる。
基本負担重量を3歳54kg、4歳以上56kg(牝馬2kg減)から3歳55kg、4歳以上57kg(牝馬2kg減)に変更。
負担重量の加増内容を以下に変更。
・過去1年以降のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬の斤量加増を3kgから2kgに変更。
・過去1年以降の牝馬限定GI競走またはGII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬および施行日前日から過去1年以前のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬の斤量加増を2kgから1kgに変更。
・過去1年以降の牝馬限定GII競走またはGIII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬および施行日前日から過去1年以前の牝馬限定GI競走またはGII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬の加増1kgを削除。
阪神競馬場の馬場改修工事により中京競馬場の芝1200mで施行、フルゲート18頭で争われた。
オーストラリアのテイクオーバーターゲットが外国調教馬として史上初の出走。
2007年 : 国際GIIに格付け。
日本のパートI国昇格に伴い、外国調教馬の出走枠が8頭に拡大。但し、当年は馬インフルエンザの影響により中央競馬所属馬のみで施行。
2008年 : 関西主場においての最終レースの発走時刻を16時40分に設定したことに伴い、当競走の競走番号が第11競走から第10競走に変更。
2010年 : グリーンバーディーが香港の調教馬として初の出走。
2011年 : グローバル・スプリント・チャレンジの対象競走から外れる。
東日本大震災の影響による薄暮開催の中止に伴い、第11競走として施行。
4位入線のグリーンバーディーが進路妨害により14着に降着。
2012年 : 基本負担重量を3歳54kg、4歳以上56kg(牝馬は2kg減)に戻す。

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